この街大スキ武蔵小杉

コスギーズ

武蔵小杉で活躍する人を紹介します!

2025.06.11

Mui 大沢征史さん

コスギーズ!とは…

利便性や新しさだけでなく、豊かな自然、古きよき文化・街並みもある武蔵小杉は「変わりゆく楽しさと、変わらない温かさ」が共存する素晴らしい街です。そんな武蔵小杉の街の魅力をお届けするべく、この企画では街づくりに携わり、活躍している人をご紹介していきます!

 

無意識でスルーしない、されないものを
―元住吉のカフェ〈Mui〉が届けたい、「ちゃんとした美味しさ」

 

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雨模様のある朝、ブレーメン商店街を抜けて、私が向かったのは焙煎珈琲店「Mui」。

赤くおしゃれなファサードには、大手企業が手がけるカフェとは一線を画す、こだわりを感じます。

木のぬくもり、静かなBGM、珈琲の焼ける香り。
「何かがちゃんとしている」と思わせる空気が、確かにここにはあります。

このお店を開ける準備をしているのは、店主の大沢征史(まさふみ)さんです。

以前お手伝いしていた媒体で取材に行き、初めて会った時から数えると8年にもなるのですが、

その間に元住吉では知らない人はいないくらい、人気店となったMui。

けれど大沢さんの佇まいは驚くくらい何も変わっていません。

「うちのコーヒーは、『コーヒー嫌いだった人』が、毎朝飲むようになるんです」と、穏やかに、

でも確固たる自信を持って開く口の端の笑みも、相変わらずです。

 

ちゃんとしたコーヒーを飲んだことがありますか?


私たちはいつの間にか、コーヒーを「ちょっと難しいもの」だと感じていないでしょうか。

 

焙煎、抽出の方法や時間、苦味や香りについて。

 

けっこう、わからないことがいっぱいですよね。口に合わないと感じても、好みはそれぞれだから、

仕方がないのかな、と思っていたり…。

 

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「それって珈琲業界の問題なんですよ。口に合わないということは、その人にとって美味しくないと

いうことなので。でも、ちゃんとしたコーヒーを飲めば、誰でも美味しくコーヒーが飲めるはずなんです。」

 

プロが勉強しなかったツケを、お客さんに払わせてはいけない


大沢さんは、コーヒーを難しくしているのは、お客さんではなく「プロ側」だと指摘します。

 

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「実は、この業界ってけっこうめちゃくちゃだったんです。」

 

語気を強めるでもなく、淡々と大沢さんは続けます。

 

「コーヒーは『嗜好品』だから、口に合わなくても、それはあなたに合わないだけでしょう、というような

論理で、けっこういい加減な商品も出回ってしまっている。

でも、コーヒーはそれ以前に『食品』なんですよ。『わからない味』なんてなくて、いいものを出せば、

美味しく飲めるものなんです。コーヒーを飲むと、お腹が痛くなるんです、という人が実際にいるのに、

それが『好き嫌い』でまかり通ってしまうのはおかしいですよね」

 

美味しいものは、美味しい。美味しくないものは、伝わらない。
そこに必要なのは、情報や背景ではなく、素材と誠実な仕事。

 

「こだわって」いない ただ「ちゃんと」してるだけ
 

大沢さんは手際よく、そこにいた取材陣全員のコーヒーを淹れていきます。

いろいろな味を試せるように、少量ずつ。

 

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「僕が初めて勤めたお店は、堀口珈琲っていうお店なんですが、業界で唯一『ちゃんとしてるな』って

思ったんです。例えば、コロンビアとか、ブラジルという名前の豆はないよ、っていう今なら当たり前の

ことも、その頃からちゃんと文字にして発信しているのは、ここだけだったんです。」

 

「もともと僕はコーヒーが好きじゃなかったのですが、堀口珈琲のコーヒーは美味しかった。

ちゃんとやれば美味しく飲めるんだ、っていう、その体験が原体験にあります。」

 

飲んだコーヒーが美味しくないことを、飲み手は常に自分のせいにして、滅多にコーヒーのせいには

しないのだそう。「自分の口に合わなかっただけかな?」と。

 

でもそれは、明らかにコーヒーがだめなんです、と大沢さんは言い切ります。

 

コーヒーってこんなに美味しかったんだ、って言われる瞬間が、いちばん嬉しい

 

Muiでは、今も昔も学生アルバイトが少なからず働いています。そのほぼ全員が最初は

「コーヒーが嫌い」だったそうです。

 

「うちに入ってくる子、みんな最初は『コーヒー無理です』って言うんです。でも、Muiのコーヒーは

『あれ? これなら飲める』って。」

 

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「これなら、友達とカフェに行けると、友達を連れてきてくれた子もいました。コーヒーが苦手だった子たちにとって、それってすごく大きなことなんですよ。」


それは「教え込んだ」ものではなく、ただ「感じ取られた」もの。

 

行きたい場所の選択肢が増える。スタッフの子たちの価値観の広がりを、大沢さんは嬉しそうに見つめます。

 

誰に届けたいのか
じゃあなぜ、Muiのコーヒーは「普通に」美味しいのでしょうか。

 

「丁寧に豆を選んで、焙煎して、適切に淹れているだけ。それだけで『びっくりした』って言われるのが、

この業界の異常さなんです。うちのコーヒーは、別に特別な機械を使うわけじゃなくて、

ほら、普通のコーヒーメーカーです。」

 

普通のコーヒーメーカーでも、3つの数字を守ればいい、と大沢さん。

 

「その3つの数字は、粉の量と、水の量と、抽出する時間です。」

 

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「だからうちでは、誰が淹れても同じ味になりますよ。」

 

コーヒーは、ワインなどと同じように、豆の違いや、香りや苦味について語りたくなる食品、という気も

しますが…

「それを話すことや、追究したい人が勉強することについては、いいんです。言語化していくことで、

体験を共有することもできますしね。ただ、そっちの飲み方が一人歩きしているので、わかりにくい、

と思っちゃう人も多いんです。うちの店は、「通」よりも、今までコーヒーの良さをわからなかった、

という人のために開いていたいんです。」

 

生産者との距離が、Muiの味を決める
 

「実際、ぶどうに比べると、コーヒー豆の違いによる味はそこまで劇的ではありません。僕らは、あまり

品種の特性が出ない種を使うようにしています。」

 

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「最初に飲んでもらったのはブルボンという品種なんですけど、原種に近い品種で特徴が少ない。

逆にその土地の味がよく感じられるんです。」

 

「今、ホンジュラスで一緒に、良いコーヒーを作ろうと協力してもらっている農家さんが4つぐらいの地域にいます。コスタリカにもとてもいい作り手が多くいるんですけど、そのコスタリカよりもホンジュラスの方が、より土地の味を感じやすいと思っています。」

 

「コーヒーの生産国って、ほとんどが途上国。だからこそ、当たり前のことが当たり前じゃないことも

多いから、品種の特徴や育て方、品質の評価方法なんかをちゃんと伝えていく。それで、いいものを作って

くれたら、高く買います。当たり前のやり方ですよ。」

 

価格が「高い、安い」、生産量が「多い、少ない」という指標ではなく、自分たちが届けたいコーヒーの味をしっかり伝えて、それを実現してくれる現地の農家と一緒に、この業界を作っていくという決意が、

大沢さんの芯になっているのを感じます。

 

かつて旅したイタリアのカフェのように


ちょっと話は変わりますが、大沢さんは、小さい時からこうやってはっきりとものを言える、

芯のある子どもだったのでしょうか?

 

「子どもの頃はつまらなそうにしていましたよ。勉強は嫌いだったし。今でも覚えているんですが、通信簿の通信欄のようなところに、先生から『協調性がない』というようなコメントを書かれていました。ものを言うことについては、おかしいと思うことは、おかしいと言ってしまうほうだし、空気は読まなかったかも。」

 

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「大きくなって、日本にもカフェブームがきて、都会のカフェに行くようになっても何かルールがあるような、すこし窮屈な思いをしていたんですけど、料理学校に入って、その研修旅行で19歳のときに初めて行ったイタリアで、とても自由な空気を感じたんです。」

 

どういうところが日本と違ったのでしょうか?

 

「バルもカフェも基本的にはコミュニケーションの場なんですよね。誰かと話しに行っているというか。

みんな楽しそうで、いいなあと。」

 

なるほど、何だかわかる気がします。

「自由」という言葉の定義は難しいですが、日本だと隣にいるお客さんとコミュニケーションを取らない代わりに、音を立ててはいけないとか、電話をしてはいけないとか、暗黙のルールがたくさんありますものね。

そういうコミュニティの場としてのカフェを、大沢さんは作りたかったんですね。

 

「そうですね。そのためには、当たり前に誰でも来られる場所にする必要があるんです。」

 

焙煎所のある「価値のある街」をつくりたい


「いつか、焙煎工場を建てたいんです。でも、ただの工場じゃつまらない。カフェがあって、

テラスがあって、隣でワインやビールも楽しめて、そこをめがけて遠くからでも人が遊びに

やってくるようなそんな場所にしたい。」

 

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元住吉は、すでに楽しい街だけれども、大沢さんはそこにコミュニティのハブになるような

焙煎工場カフェを作りたいのだと言います。

 

「僕の飲食関係の友人にも、元住吉でやりたいっていう人が結構いるんです。そういう人たちと組んで、

コーヒーだけじゃなくて、色々なものの価値を届けられる場所ができたら楽しいな、と思っています。」

 

焙煎工場の構想を話す大沢さんはとても楽しそうでした。

 

美味しいコーヒーをいただきながら、かつては「こだわりの人」というイメージだった大沢さんの印象が、

この日少し変わったのを感じました。

 

自分のいる業界で「素直な豆」を作ってくれる生産者たちが幸せであるために、伝え、届けて、

「あたりまえ」の価値を広める。そして、自分の愛する街で楽しく暮らせるように、

誰もがホッとできる場所を開く。

 

「『あたりまえ』のことを丁寧にやるだけです。」

 

それこそが大沢さんがこの街で叶えようとしている価値観なのです。

 

「無為」という言葉に象徴されるように、目の前にある幸せを、あるがままに受けいられる時間。

Muiのコーヒーは、誰にとってのそんな時間にも、あたりまえに寄り添ってくれます。

 

 

 

ライター プロフィール

Ash

俳優・琵琶弾き。「ストリート・ストーリーテラー」として、街で会った人の物語を聴き、

歌や文章に紡いでいくアート活動をしている。旅とおいしいお酒がインスピレーションの源。

 

 

 

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