イクミママのどうぶつドーナツ・中尾育美さん
コスギーズ!とは…
利便性や新しさだけでなく、豊かな自然、古きよき文化・街並みもある武蔵小杉は「変わりゆく楽しさと、変わらない温かさ」が共存する素晴らしい街です。そんな武蔵小杉の街の魅力をお届けするべく、この企画では街づくりに携わり、活躍している人をご紹介していきます!
イクミママのどうぶつドーナツ・中尾育美さん
東急東横線・元住吉駅を降りてすぐ、活気あふれる「ブレーメン通り商店街」を歩くと、誰もが一度は足を止めてしまうような、可愛らしい看板のお店があります。全国に熱狂的なファンを持ち、数々の有名キャラクターとのコラボを実現させてきた「イクミママのどうぶつドーナツ」の本店です。

お店のショーケースに並ぶのは、愛くるしい表情でこちらを見つめる猫やインコ、カエルなどの生き物の形をしたドーナツ。そんなドーナツとともに、取材に伺った我々を明るい笑顔で迎えてくれたのは、オーナーパティシエの中尾育美さんです。
「イクミママ」の愛称で親しまれる中尾さんですが、その歩みは、京都からの移住、売上の低迷、そしてコロナ禍という荒波を、街の人々と共に乗り越えてきた物語でもありました。
今回は、中尾さんがこの街に携わることになったきっかけについて伺うとともに、ドーナツの枠を超えて広がり続けるこれからの展望について、たっぷりとお話を伺いました。
理想の商店街を探し求め、元住吉にたどり着いた
中尾さんのキャリアのスタートは、意外にもこの街ではありませんでした。出身は京都。2009年、ドーナツ店を開業するために、中尾さんとご主人は理想の場所を求めて全国を渡り歩いていました。
「京都、大阪、滋賀、名古屋……自分たちが理想とする『人の温もりが感じられる商店街』を求めて、一軒一軒歩いて探して回ったんです。でも、当時はどの商店街もシャッター通り化が進んでいたり、逆に有名な繁華街は家賃が高すぎて手が出せなかったり。なかなか『ここだ!』という場所に出会えませんでした。」
そんな時、ふらりと立ち寄ったのが元住吉でした。
「初めてこの街に来た時の衝撃は、今でも覚えています。平日の昼間なのに、ベビーカーを押すお母さんや、買い物袋を提げた年配の方が途切れることなく歩いていて。一緒にいた主人が思わず『今日はお祭りか?』と口にしたほどでした(笑)
当時は武蔵小杉に大型商業施設ができる前ということもあり、地域の方々の生活の熱量がすべてこの商店街に集まっているような、そんな圧倒的な活気を感じたんです。『ここなら私たちが作りたいお店ができる』と、直感的に確信しました。」

こうして2009年、フランチャイズでドーナツ専門店をオープン。しかし、ようやく見つけた理想の街でのスタートは、平坦な道ではありませんでした。
オープン当初は順調だった客足も、次第に落ち着き、売上が低迷する時期が訪れます。中尾さんは「何か、お客様に喜んでもらえる新しい仕掛けはないか」と模索し続けました。そんなある日、ふとした遊び心で、ドーナツに猫の顔を描いてみたことが全ての始まりでした。
「もともと猫が大好きで、家でも保護猫を飼っているんです。当時、何気なく作った猫のドーナツをTwitter(現X)にアップしてみたんですね。そうしたら、翌朝起きてびっくり! 一晩でフォロワーが1000人以上増えていて、通知が鳴り止まない状態になっていたんです。」

これが、後に“イクミママのお店”の看板商品となる「どうぶつドーナツ」誕生の瞬間でした。この爆発的な反響を受け、2012年5月にはフランチャイズから独立。「イクミママのどうぶつドーナツ」として再出発を果たします。
「看板もコンセプトも一新しました。でも、場所だけは変えませんでした。思い入れのあるこの街で、自分たちが本当に信じるものを作りたかったんです。」
中尾さんがこだわったのは、見た目の可愛さだけではありません。「大切な人が笑顔になれる、安心安全な原材料のみを使用する」という強い信念が、ブランドの背骨となりました。
「『可愛い』はあくまで入り口なんです。一番大切なのは、その中身。うちのドーナツは、合成着色料や保存料は一切使わず、野菜のパウダーや厳選したチョコレートだけで色を出しています。動物の耳なども、一つひとつ手作業でアーモンドを刺して仕上げているんですよ。『大切な人に食べさせたい』と思っていただけるような、安心・安全なドーナツを作ることを大切にしています。」

コロナ禍で知った、街の人の温かみ
15年近くこの街で働いてきた中尾さんですが、2020年、世界を襲ったパンデミックは、かつてない試練となりました。ブレーメン通り商店街からも人が消え、お店の存続が危ぶまれる中、中尾さんの心を支えたのは、やはりこの街の人々でした。
「コロナでお店の中にお客様を通せなくなった時期、店頭に小さな机を出して販売を続けていたんです。飲食店の方々がみんなお弁当を出したりしていた頃ですね。そこで販売していると、通りかかる街の方々が『イクミママのドーナツ、なくなったら寂しいから頑張ってね』などと次々に声をかけてくださって……。」
その時のことを思い出すと、今でも胸が熱くなると中尾さんは言います。
「クラウドファンディングに挑戦した時も、想像以上に多くの方から支援をいただきました。川崎フロンターレや川崎ブレイブサンダースなどのサポーターさんが多くいる点も含めて、この街には深い地域愛と連帯感があると感じています。」

その恩返しとして、中尾さんは地域活動にも精力的に参加しています。川崎フロンターレとのコラボドーナツの販売や、地元のイベントへの出展。さらに、元住吉がテレビ番組『出没!アド街ック天国』に取り上げられた際には、商店街の仲間たちと共に「直に会いに来てほしい」というメッセージを込めて出演を果たしました。
「最近はネットで何でも買える時代ですが、実際にこのブレーメン通り商店街を歩いて、空気を感じてほしいんです。(イクミママの)お店でも、人気アニメとコラボをするとそのファンの方たちが遠方から来てくださったり、ロサンゼルスから『10年前にネットで写真を見てからずっと来たかった』と訪ねてきてくれた方がいたり。私たちの店が、元住吉という街を知ってもらう入口になれたらいいなと思います。」
スタッフの「好き」で数々のコラボを実現
「イクミママのどうぶつドーナツ」は、今や数百種類以上のレパートリーを誇ります。その驚異的なバリエーションを支えているのは、中尾さん一人ではなく、共に働くスタッフたちの熱量です。
「実は、コラボレーションのアイデアの7〜8割はスタッフからの発信なんです。うちにはアニメやキャラクターにものすごい情熱を持っている子がたくさんいて、『今このキャラクターが好きだから、是非やりたいです!』と企画を持ってきてくれて。今では版権元さんからコラボのご相談をいただく機会が増えましたが、最初の頃はスタッフからの提案の方が多かったですね。」

スタッフが楽しみながら、自分の“好き”を表現する。そのハッピーなエネルギーが、ドーナツを通じてお客様にも伝わっているのかもしれません。お話を伺うと、中尾さん自身の“好き”を表現した結果、実際に商品化へ繋がったというケースもあるそうです。
「以前とある少年マンガ作品とのコラボドーナツを発売したのですが、元々私がそのキャラクターが好きで! コラボが決まるずっと前に、あくまでも個人の楽しみとしてドーナツを作っていたんです。しばらく冷凍庫に入れて保存していたのですが、とある企業さんとの打ち合わせでその作品の話が出た時、『実は試しにドーナツを作ってみたことがあるんです』とお見せしたら、そのままコラボが実現したということもありました(笑)」

自身のノウハウを、これから“始める人”へ伝えたい
インタビューの終盤、中尾さんはこれからの展望として、この街での新しい挑戦について語ってくれました。
「これまで15年、フランチャイズでの苦労、独立、そしてコロナ禍と、本当にいろんなことを経験してきました。その中で培ったノウハウを、これからお店を始めようとしている方や、今悩んでいる経営者の方に伝えていきたいんです。実際に今、都内にあるドーナツ屋さんの開業のお手伝いをしたり、主人が中心となって、フランチャイズ問題のサポートを行ったりしています。
飲食店を経営するのは、本当に大変です。特に最近は原材料費も人件費も上がっています。正直、今は自分のお店が忙しくてあまり手が回ってない部分があるのですが、これからはもっと力になれたらと思っています。」
さらに、行政や商店街とも連携し、より広い枠組みで街の活性化に寄与したいという想いも持っていると話します。

「このブレーメン通り商店街の方とも相談して、商店街にあるお店のサポートをしたり起業の方を手伝ったりするのもいいんじゃないかなと、何となく考えてもいます。この店を起点に、面白いお店が商店街に増えて、街全体が盛り上がる。それが、私を温かく迎えてくれたこの街への、究極の恩返しだと思っているんです。」
中尾さんの言葉には、幾多の困難を乗り越えてきたからこその強さと、この街への愛情が感じられました。
約15年前、ほんの好奇心と遊び心から誕生した「イクミママのどうぶつドーナツ」 世間に広まったきっかけこそSNSにアップした1枚の写真でしたが、今や地元のみならず、海外の方にまで愛される商品になっています。
この街で始まった中尾さんの挑戦は、これからも続いていく。元住吉の商店街を歩くとき、是非「イクミママ」の看板を目印に、お店に訪れてみてはいかがでしょうか。

取材・文/柴田捺美
撮影/矢部ひとみ