あそびのわとわ 関川房代さん、坂井美穂さん
コスギーズ!とは…
利便性や新しさだけでなく、豊かな自然、古きよき文化・街並みもある武蔵小杉は「変わりゆく楽しさと、変わらない温かさ」が共存する素晴らしい街です。そんな武蔵小杉の街の魅力をお届けするべく、この企画では街づくりに携わり、活躍している人をご紹介していきます!
「あそびのわとわ」
関川房代さん&坂井美穂さん
変化し続ける人生を、めいっぱい楽しむ 地域のお母さん同志のアートユニット

街スキフェスタで「ディンプルアート」のワークショップを開催
先日、コアパークで行われた「街スキフェスタ」 みなさまご来場いただきましたでしょうか?
当日は天気にも恵まれ、武蔵小杉周辺の出店者の方々と、街の皆さまが一緒に楽しんでいる姿がコアパークのあちこちで見られました。
その中で「ディンプルアート」という、車のフロントガラスをリサイクルして生まれた絵の具を用いて、さざ波のような表現ができるアート作品を作る、ワークショップをしてくれた「あそびのわとわ」のお二人。

どんな経緯で、こういう活動を始めたのか知りたい!という声も多く、お話を伺ってきました。
子ども会の役員同士だったことをきっかけに
「私たち、子ども会の役員同士だったんです。」と関川さん。
二人は、同じ町内会に住んでいて、2012年に「母親クラブ」(未就学児を対象にした子供会の下部組織)の役員を拝命したことをきっかけに知り合いました。

関川さん「私の子どもが年中さんで、さかみちゃん(坂井さん)の子どもが年少さんだったよね。」
坂井さん「さくちゃん(関川さん)のお腹には下の子がいたよね。」
お二人の住む新城の町内会はイベントの多い会で、二人は顔を合わせるたびに仲良くなりました。
ちょうどそのころに、川崎の日本理化学工業株式会社さんが作る「キットパス」認定の講師の資格をとったという関川さん。
関川さん「せっかくとった資格を活かして、ワークショップをやりたかったのですが、子どもが小さかったので電車で移動しなくてすむ範囲でやりたかったんです。地域で一緒にやれる人がいないかな、と思ってたら、折よくさかみちゃんと出会えて。」
美大出身で、元々絵を描くことが得意な坂井さんに、「日本の文化を伝えるワークショップを一緒にやらない?」と話してみたのだそう。
産後、引きこもり気味だった
一方の坂井さんは、産後、家に引きこもり気味だったそうです。
坂井さん「産後に骨粗相症になってしまい、身動きがとれなくなってしまったんです。母親クラブ以外はほぼ引きこもっていて、社会復帰も考えられない状態でした。そんな時にさくちゃんが誘ってくれて、本当は『無理!』って思っていました。でも、主人からも『そうやって誘ってくれる人がいるなら、やってみたら?』と背中を押してもらって。」

そして、2人の活動がスタートしました。
ワークショップのできるマルシェを始める
記念すべき最初の活動はどんな感じだったのですか?
坂井さん「英語教室を借りて、水引や羊毛フェルトのワークショップをやりました。予約してもらってアットホームな感じで。」

関川さん「そのあと、メサ・グランデで、小さなマルシェをやったんだよね。」
- どんな方がお客様として来ていらしたんですか?
坂井さん「幼稚園のママさんたちがお客さんでした。知っている人がいっぱい来てくれてね。」
関川さん「たくさん人が来てくれるようになってきたから、もう少し広いところでやりたいね、と言っていた頃に、武蔵新城北口のパサールベースができたんだよね。」
ハンドメイド好きな女性たちの輪がひろがる
まさしく、関川さんと坂井さんが探していた、ぴったりな条件の多目的スペースが、タイミングよく駅前にできたのですね。
関川さん「まさに自転車で出店できる、好立地でした。マルシェ・ド・ボヌールという名前にして、何回かやるうちに、近所のお母さんたちがどんどん集まってきてくれて。」
坂井さん「街の人が出店して、街の人が来る、そこで知り合いも増える、という良い循環になっていました。」

最初は半年に一回だったマルシェは、「次はいつ?」「もっとやって」という女性たちの声に答えて、年に4回、春夏秋冬ごとに行うようになっていきました。

坂井さん「地元だから子どもを連れて出店できるし、子どもたちも参加できるワークショップもどんどん増えて。お子さんに店長をやってもらっているお店もありました。」
関川さん「出店希望者が増えてくると、そのサポートも大変で、そういうときは、自分たちが出店しないパターンになったよね。運営に徹していました。」
わとわ、に込める思い
そんな二人が作っていらっしゃる作品には、ディンプルアートのように、廃材を生き返らせるような素敵な作品が多々あるのですが、なかでも私が好きなのは、こちらの水引でつくった作品。
この水引の作品を作り始めたのはどういう経緯だったのでしょうか?

関川さん「もともと、日本の文化を伝えられるようなことをしたい、というのが根底にあったんです。ふろしき包みとか、和紙とか、色々素敵なものがあり、どれも良かったのですが、この水引アートを見つけた時に、あ、これだ!と思ったんです。」
坂井さん「やりたいのは、こういうのだよね!!って2人で目を輝かせたよね。」
関川さん「まだ水引アートのアクセサリーを作っている人も少なくて、これを広めていきたい、と思って色々作りました。」
私も以前、マルシェ・ド・ボヌールに遊びに行った時にお二人の販売している水引のピアスを買いました。和装をするときによく似合うので、今でも重宝しています。
得意分野を活かして
やがて、コロナ禍でぴたりとマルシェの動きが止まりました。
けれども、ずっと地域で活動してきた二人には、それぞれが伸ばしてきた「得意」な分野で、地域の人から「手伝って欲しい」という声がかかりました。

まず、関川さんですが、コロナ禍になる前にも、地域の活動を支援するために地元の人たちが立ち上げた会社の裏方を担当するなど、イベントの縁の下の力持ちとして力を発揮していました。
そしていよいよ、コロナ禍でイベントが何もなくなると、今度は武蔵新城に新しくできたアートカフェ「CHILL」で働かないか、という誘いが舞い込みます。
この頃には、様々なイベントで裏方をこなす関川さんの活躍ぶりは、この辺りで地域活動をする人たちの間では知らない人はいないほどでしたから、そういう声がかかるのも頷けますが、元々そういうことが得意だったのでしょうか?
関川さん「実は私、体育学部体育学科の出身なんですが…体育の先生になりたくなくて、全然別のことを勉強していたんです。インターネットを取り入れるのが早い先生のところにいたので、就職したのちに転職したベンチャー企業では、ウェブメディアの進行管理をしていました。」
直接関係はないかも、と関川さんは言いましたが、裏側からシステムを下支えするマインドは、そういう中で培われていったのかもしれないですね。
子育ての現場に
一方、坂井さんは未就学児の児童発達支援事業所の立ち上げに関わり、その施設の正社員として働くようになります。

坂井さん「あそびのわとわの活動のかたわら、6年くらい地域子育て支援センターのスタッフをしていたので、その経歴を経て児童発達支援事業所で児童指導員として働き、途中で保育士の資格を取りました。」
- すごいですね。
坂井さん「その児童発達支援事業所の仕組みづくりや、学童保育の立ち上げは、さくちゃんも手伝ってくれて。困ったらさくちゃんに連絡してました。」
- さすがは、地域活動の仕組みづくり職人! カフェ店長をやりながらってことですよね。

関川さん「どちらも、やっていることはシステム作りみたいなものなので、楽しくやらせていただきました。」
その後、二人はその仕事を「卒業」して、坂井さんは保育士資格を活かした現場で、関川さんは戻ってきた各種の地域イベントの裏方として八面六臂の活躍をしています。
武蔵小杉のイベントに出店して
- コロナ禍も終わり、街に活気が戻ってくると、マルシェなどのイベントも復活しましたね。

坂井さん「最近イベントも多いので、全てに出られるわけではないのですが、街スキフェスタは声をかけていただいた時からこれは行こう、と話していました。」
- 普段から色々なところでマルシェやワークショップをやっているお二人にとっても、街スキフェスタは特別感がありましたか?
関川さん「私たちは武蔵小杉に拠点があるわけではないので。でも、小杉の仲間だと思ってもらっているのはとても嬉しいです。」
- 私は、南武線の「武蔵◯◯」はみんな兄妹だと思っています(笑)。コスギっ子たちとのワークショップはいかがでしたか?
坂井さん「アットホームで良かったです。」
関川さん「熱心でしたね。SDGsに、とても興味があるのが伝わってきました。」
坂井さん「でもちょっと時間がない、という子がいたりとか…」
関川さん「そうそう、土曜日は習い事の日みたいで、やりたいのに待っていたら習い事の時間になっちゃう、というパターンも多かったです。」

確かに、土曜日は習い事を掛け持ちしている子も多いんですよね。
関川さん「でも、毎週ここを通ると何かやってる、やっていたら参加するよね、と言っているお母さんたちもいて、やっぱりここの広場の感じがいいんだろうな、と思いました。」
今後の展望は?
- こうやって、さまざまな工夫を凝らしながら、「あそびのわとわ」の活動をしてきたお二人は、今後、どのようになっていきたいですか?

坂井さん「常に楽しい気持ちを忘れないで、細く長く、続けていけたら幸せだな、と思います。」
関川さん「最近はありがたいことに、川崎や都内を越えるエリアからお声掛けをいただくこともあるんですが、そういう時は、旅行だ!と思って行くようにしています。」
坂井さん「楽しいかどうかが、決め手ですね。」
関川さん「そういえば、コロナ禍でやり残していた、海外の人に日本の文化を伝えられるように、このワークショップを英語にする、というのに、チャレンジしてみたいなって思っています。」
- それは素敵ですね! ぜひ何らかのコラボをして、この街でもそういうワークショップを実現していきましょう。
人生を変える出会いは、すぐそばにあるかもしれない
- どうやら「あそびのわとわ」は、単なるアート制作のユニットではなく、もっと深いところで繋がっているようですね。 お二人にとって、この「あそびのわとわ」を一言で言うと?

坂井さん「たぶん、さくちゃんに会ってなかったら、わたしこんなに外に出ることなかったと思うんですね。親にも驚かれるんです。あの美穂ちゃんが!って。」
関川さん「今はもう信じられないでしょ。たくましいよね。」
- 私、坂井さんと一緒に「中原区100人カイギ」というイベントに登壇させてもらったんですよね。あの時のプレゼンも、堂々としていてとても素晴らしかったです。
坂井さん「ありがとうございます。そんな風に人前で話せるようになるなんて、想像もしていなかった。これをやって、本当に人生が変わったと思うんですね。だから一言で言うなら、『人生を変える出会い』かな。」

関川さん「私は、『趣味と仕事、そして日常』かな。すべてが一緒になっているというか。もう家族まるごと一緒にいるもんね。」
坂井さん「うんうん、子どもたちも兄弟みたいだしね。」
関川さん「こんな出会いが町内会に転がってるなんて、思わないよね。(笑)」
昨今、色々言われている町内会活動ですが、やはり、ご近所付き合いは大切なんですね。こんなふうに人生が、変わってしまう出会いがあるかもしれないんですから。
変化しながらで、いいんだよ
女性の人生は、ライフイベントを経験するごとに、少しずつ変化していきます。
今日お二人の話を聞いていて、人生の節目・節目でさまざまな形に変化しながら、常にしなやかに、周囲との調和を生み出しながら、自分にできる表現をしようとしてきた女性の強さ、明るさのようなものを感じました。

かつてのお二人のように、子育てに悩んだり、何かを始めようかな、と迷っているお母さんたちに、メッセージをお願いします。
関川さん「子育ては辛い時もあるけど、可愛いのも今のうちなので。目の前にあるものを楽しんで。色々なものが変化していくからね。」
坂井さん「わたしは、子育てに迷った時『いいんだよ』って言ってもらって、とても救われたので、同じ言葉をかけたいです。どんな表現もアートだから、それでいいんだよ。子育ても、いいんだよって。」
- こうやって支え合える仲間がいれば、きっと子育てもアート制作も、人生だって楽しんでいけますね。
力強いメッセージをありがとうございました!
日本人が大切にする「和と輪」の精神を見事に表現している、お二人の活動が、この先どのように変化していくのか、それもとっても楽しみです。
ライター プロフィール
Ash
俳優・琵琶弾き。「ストリート・ストーリーテラー」として、街で会った人の物語を聴き、歌や文章に紡いでいくアート活動をしている。旅とおいしいお酒がインスピレーションの源。